欲の無さとネガティブ・布団と蝉
真っ暗の夜空のど真ん中に、
白い布団がベランダでゆらゆらと風に吹かれていた。
夜の犬の散歩中、
朝干されたであろうその白い掛け布団と敷き布団は
ベランダに静かに干されたままで、風が吹くたびに鈍く揺れていた。
他所の家のベランダなので、
あまり凝視するのも悪いと思い、
一瞬見て目を逸らした。
目を逸らした先に、
この世の役目を終えた蝉が地面に仰向けに横たわっていた。
「あぁ、夏なんだな」
と意味不明のタイミングで夏を実感した。
私はこのくらいの出来事が日常であるだけで
とても満足な気分になる女である。
その何気ない日常を
面白がって、
観察して、
発見して・・・。
そんな事で十分幸せで、
何か大きなイベントや、
大きい手柄などがあった方が良いかというと
無いほうが良いとは言い切れないまでも、
特段そんな気持ちが常にある訳じゃなく、
なるべく密かに静かに暮らしたいと、
どちらかというと思ってしまう。
男性に多いかもしれない。
「もっと上を」
「もっとお金を」
「もっと名誉を」
それはそう。
お金も名誉も上昇志向も、
世間的にはあった方が良いのだろう。
大きく稼いだお金で買うのは広い家だろうか。
その広い家の掃除は、
一体誰がするのだろう。
高いお金で買う車の車庫は、
誰が掃除するのだろう。
その世間的に成功している人たちは、
自分の家を掃除してくれている人達に
感謝できる人間のまま、
大きい人になっていたら良いな。
行き着くところの基盤は全部
「生活」
な気がしてならない。
「生活力」をもっとつけたいと、
最近は強く思うようになった。
お金がある時は、あるなりの生活を、
お金がない時は、無いなりの生活を。
自分がどんな状況に置かれても、
その時々で楽しめる人間になりたい。
「あんまり欲がないんですね。ネガティブですね」
とある人に言われた。
ネガティブでしょうか?
ネガティブだという意図で発言しなかったんだけどな。
ふと思い出すのは、
あの夜空のど真ん中で風に揺れていた白い布団たち。
人様の家なのに、
悪いなと思いながら、
犬を連れてもう1回見に行った。
相変わらず、
それらはベランダで鈍く揺れていた。
ふと目を落として、
また役目を果たして地面に横たわる蝉君を見た。
密かに息を引き取った蝉君を
私はずっと覚えていると思った。

東京都在住のフリーのイラストレーター/グラフィックデザイナー。
一児の母。
日々一日、丁寧に暮らすことが好き。
趣味はバレエ・ミュージカル・舞台鑑賞。
Illust portfolio : https://snowylab.com/illustration
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